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元々はラジオレポが中心でしたが、ましゃ語録、 ましゃからの伝言・Messageを書き綴っていきます♪

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春花

Author:春花
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4/14 魂ラジ~福山雅治版「ボクとラジオと、時々、オカン」第6話・第7話~
◎オンエア曲

東京にもあったんだ/福山雅治
Goodnight/福山雅治
あの夏も海も空も/福山雅治(魂リク)


◎内容

★「CD買いました!」というメールから始まった今夜の魂ラジ!

4月11日はスケジュールは真っ白だったんですよね?その日は真っ白だったので少し黒くなろうかと思ってね…その話はまた今度ね!

発売日週って割と時間あるのよ。基本的に仕込みは終わってるので割と時間はあったんですよ。
結構有意義に…。何してたんでしょうか?

8日日曜日、久々に休みで、ましゃは何していたでしょうか?
正解はねぇ…プライド見てたの。しかもお家で。
ご飯食べ込んどいて、ごろ寝しながら見てたんだけど最高だったね!
それがすごい好きなんだ、このごろごろした状態が好きなんだと改めて思ったというましゃ。すごい幸せだったそうです。

時間があったから格闘技見たりとかマンガ喫茶連れてってもらったり。マンガ喫茶には初めて行ったというましゃ。
マンガ喫茶は個室の所に連れてってもらったというましゃ。狭くて俺の身長からだと人の部屋の中がちょっと見えたりする。
俺の隣の部屋の人はテレビ画面でエロビデオ見ながらエロ本読んでた。エロビデオ見ながらエロ本読むのは、カレーライスとドライカレーを同時に食べているのと一緒だって!(笑)どこ見てもエロしかない。
マンガ喫茶って…俺、漫画が好きだけど、漫画好きな人にとっては満喫してるけど、何もそこに行ってエロビデオ見てエロ本見る必要はないと思ったそうです。

マン喫ってさぁ…。
久しぶりに何かを生み出す空間じゃない空間。
いつもいる空間って必ずそうなわけ。生み出す空間に常にいるわけ。
何かを消費する空間っていないわけ。
だから、何かを生産しない空間にいるのは久しぶりだったそうです。

じゃあゲーセンとか行かないですよね?という荘ちゃん。
浜松のイオンで太鼓でドン!みたいなやつ(本当は太鼓の達人です・・)をやったそうです。
ましゃは下手なのだそう…全然意味分かんないとのこと。


★福山雅治版「東京タワー~ボクとラジオと、時々、オカン~」

1992年1月10日木曜日深夜3時。
数々の伝説を作ってきたラジオ番組allnightnipponに新たなパーソナリティーが誕生した。

ここで初放送の時の音源が流れ…

そう、1987年夏の上京から5年
アーティストとしてのブレイクを目前にもう一つの夢をつかんだ28歳の福山少年だった。

これは、18歳で故郷・長崎を旅立った彼が東京で「ラジオ界の国宝」と呼ばれるまでに至った、20年にわたる壮大な上京物語である。

福山雅治版「東京タワー~ボクと、ラジオと、時々オカン~」

今回は最終回直前スペシャル!

笑い方とか同じですよね。

だって同じ人だもん!

思ったより落ち着いてましたよね。

このallnightnipponを始める前に既にFMの方で番組を持っていましたから、ラジオパーソナリティーとしてのキャリアは1年弱くらいあるわけですよ。

念願のCDデビューも一つに夢。もう一つの夢であるのがallnightnipponであった。

allnightnipponと笑っていいともとさんまのまんまと徹子の部屋に出るのが夢でした。

その達成の順番は?

多分allnightnipponが最初だと思いますよ。で、その次が笑っていいとも。
で、後の2つはまだ達成できてないと思うよ。
夢は今も夢のまんまなんだよね。

デビュー後…ようやくほっとしたっていうか、ここからだって…?

いや、全然違いますね。
全然売れてなかったんで。始まったなという感じは逆にあったんですね。
売れてなかったことが始まりを強く実感させる。よし、始まったなって感じでしたね。

そこからしばらくして5月4日エッグマンで初ライブ

これは僕自身のお客さんの動員ではないですね。アミューズのファンクラブの方の動員でやったんだと思います。

自分の中で覚えていることとかありますか?

先週も言ったと思いますけど、間違ってるって事は分かるんですよ。なにやっても違って感じる。全てが違って感じる。
これは正解じゃない!っていうのは分かる、でも正解が何なのかは分からない。

MCとかもやったんですよね?

うん、マネージャーと一緒に作ったと思うよ。

今となっては“アリーナの魔術師”として?

いやいや、今も完全台本!
間とか、ためとか、噛む所とか全部書いてる(笑)
嘘ですけど、今は台本ないですけど…。

11月7日に2stシングル「アクセス」これが初のCMソング

そうです!菊池桃子さんが宣伝されてたムービーごっこっていう…。
かわいかったあ。
初めて間近で見たよ、有名な女の人を。
かわいかったあ。

それから明らかに変わってきたかも知れんぞ?!ということは?

そうよね~。
だけどこれはね、最初に作曲はこの方・作詞はこの方って決まってたって風に決まってた。
「CMソングを歌いませんか?」と、それの歌い手さんを探していたという状態で、それを僕が歌ったという状態だったんです。
3月21日に上京して以来、なかずとばずの状態なんですよ。
で、5ヶ月間何もないから、有明の日通倉庫にバイトしに行ってたりね。
ヘトヘトになるんだけど、1日1万円くらいもらえたんだよね。

それは事務所には内緒で?

一応デビューしたらバイトは禁止って言われてたんだよな~。
でもデビューしたって誰も知りやしないからね。
暇だから生活費ばっかりが出て行っちゃうのよ。
で、パチンコもしちゃうのよ。
毎日消費の連続なわけ。
めちゃくちゃパチンコしてたよ、俺。
中目黒のガードしたのパチンコ屋さんで負けては事務所に行って先輩に「お腹すいたー、ご飯ー、お酒ー!」などと、甘えていたそうです。

でもCMソングになったりして

何かやんなきゃっていうのがあって。
もちろん葛藤はあったわけですね。
これチャンスなのか、まあ自分としては自分のものでやりたくてデビューしたわけじゃん。
でも自分のでやったらなかずとばずなわけ(笑)
何かやんなきゃ!って自分の中ではプライドなんか持ってもしょうがないし実力がないんだからプライドなんかも捨ててやろう!と思ってやったの。

翌年3stシングル「風をさがしてる」、そして2stアルバム「LION」

だからその~やろう!と思ってやり始めたのに、また自分でやってるんだよね。

91年10月TBS、ドラマ「あしたがあるから」でテレビドラマに初出演

それもチャンスの一つになるかもと思いまして。
ヒットドラマを手掛けていた遠藤さんという方がアミューズと仲がよかったからか、デビュー当時から紹介はされてたわけですよ。
「やるんだったらいつでもいいよ」と言われていたの。
で、俺はバカでエロでパチンコで日通倉庫のくせに「すいません、遠藤さん。せめてライブハウスが満員になるまでは待ってください!」って言ったの。

でもね~ライブハウスはやればやったでお客さんは来てくれたの。
ライブハウスの総立ちの帝王だったそうです。
アルバムとかはそんなに売れてなかったけど、ライブハウスは加熱状態!
で、俺は「そうか、ライブやってればお客さんは来てくれるんだ。このまま武道館でやっちゃうぞ!」と思ってた(笑)

まあでもドラマに出たことで世間的に認知ってことは?
この時は俳優に転向とか思ったりはあったの?


やっぱりテレビの方が強いメディアだということは分かってたから。
ライブハウスに来ていない人は「この人は俳優なんだな」と思うから怖かったです。

そして92年1月10日念願のallnightnipponのパーソナリティーとして。
今考えると、それがラジオ界の国宝の第一歩。
ラジオのオーディションとかはあったの?


日テレのアナウンサーの寺内さんがオーディションのテーマを取ってくれて。

で、決まったよ!ってなった時は?

本当に、受験の合格ってこういうことなのかなと思った。
桜咲いたもん!夢が叶うってこういうことなのかなあって。
CDデビューより全然嬉しかった!

でも第一回聞いたらそんなにガチガチじゃなかったよね。

飲んでたの、酒。
緊張してるだろうから飲んでいいよって言われて。

この仕事はやっぱり面白い?

やりたかったからね~。

最初から生歌はやってたの?

やってたと思うよ。
ず~っとやってる。
ず~っとやってる歌声喫茶みたいな(笑)

それから持ち前のエロトークを武器にallnightnipponのパーソナリティーとしての頭角を表し始めた92年4月。
なんと福山少年は俳優としてドラマ「愛はどうだ」に出演


これは大きかったね~

その挿入歌としてリリースした「Goodnight」で初のスマッシュヒット!そしてアーティストとしても知られるようになりました。

これいい曲だよね~♪
これも難産だったわ~。
2月の14日の名古屋のクワトロのライブ本番日の朝にできたの。

これまではラブソングを歌うことに抵抗があったというましゃ。
だけど、でも何かやんなきゃな…って感じだったんですよね~

こういうのって自分の中の体験もあったりしたんですか?

もちろんそうさ(笑)

でもここでちょっと光が見えてきたというか。

自分ではラブソングに抵抗があったけどみんなから「いい歌だね!」って言われたの。
で、「あっ…いい歌ってこういうことなんだ」って分かったの。

しかしそんな福山少年を待ってたのは、一切の人間的自由を奪う殺人的なスケジュールと国民的な人気者になった者だけが知る、深い孤独と絶望だった…。

今夜は、福山雅治版「東京タワー~ボクとラジオと、時々、オカン~」、今夜は一挙2話語り下ろし!!


★ドラマ「ひとつ屋根の下」最高視聴率37.8%、CMタイアップ曲年間5曲、CM出演年間5本。そして12月31日紅白歌合戦に出演!
1993年、彼の笑顔を見ない日はなかった。

1987年夏の上京から6年…国民的人気者になった24歳の福山雅治である。

これは、18歳で故郷・長崎を旅立った彼が東京で「ラジオ界の国宝」と呼ばれるまでに至った、20年にわたる壮大な上京物語である。

福山雅治版「東京タワー~ボクと、ラジオと、時々オカン~」

売れて変わったことは?

モノ作りに対して素直になるということを教えてもらったかな。
素直な心境が入ってると人に届くんだなあということは分かった。

でもどうでした?最初の頃はバンド組んでギター弾いて…みたいな。でもテレビに出て国民的な人気者になり…

そういう自分を客観視してみたいなことは出来てなかったと思うよ。
目の前のことをやるのが精一杯で。

でもすごい働いてたね~。
今やれ!って言われたら多分無理だよ。

何か辛いとか大変なことは?

友達と疎遠になったね。
俺も余裕がなかったんだよね~。

でもそんな忙しい中、オカンにはどうだったの?

全然連絡取ってなかったと思う…。
そんな余裕ないって。

ギャラも上がり?

ああ…引っ越した!
川崎から多摩川を渡って桜坂の方へ。

やっぱり自由に町を出歩くのも?

いや、出来なかったよ。

自分の人生が大きく変わったわけですが、不安とか感じませんでしたか?

自分がイメージしてない所で人気が出ちゃったから、ドラマとかね。
もちろん嫌じゃないんだよ。
だけど、それを想像していたわけでもないし、狙ってたわけでもないから、こういったものは一過性の人気で、人気ってものはすぐ終わると思ってた。

ただ、より多く認知されるようになったのはそのもっと後なんだよね。
CMとかにより多く出るようになって認知されるようになったんだよね。

でも人気って言うのは一過性のものだから、これに一喜一憂することはないなあと俺は考えていた。それよりもCDがちゃんとみんなの手元に届くことの方が大事!それと人気は別のことと考えてた。

でも急に激しくモテルようになったんでしょ?

でもモテルという風には感じたことないから。
抱かれたい男に選ばれても、「一生の思い出に抱いて下さい!」と言われたことはないし、俺がこんなに言ってるんだから、誰か言って来いよ!って思ってもない、ない!


そして1994年3月24日、25歳の福山少年は、あの「IT'S ONLY LOVE」で遂にミリオンアーティスト。
来週、感動の最終回を震えて待て!
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